METHOD

茅ヶ崎方式英語会の15年

茅ヶ崎方式創立15周年記念講演 「地方の時代の文化を目指して」

── 目 次 ──

[1]茅ヶ崎方式という名称
● 茅ヶ崎市長選挙のこと
● NHK国際放送30周年
[2]茅ヶ崎方式の土台となった体験
● 入社試験で身にしみた listening 能力の不足
● 英文記者修業の悪戦苦闘とデスクの温情
● 国際局記者に共通の体験
[3]茅ヶ崎方式の論理と教材
● 録音テープに人生をかけた2人
● 茅ヶ崎方式の教材 ー input なくして output なし
● 予習教材と実戦教材
[4]社会のニーズに応える
● 国際化 ── 国際化時代に生きる本格的英語力
● 情報化 ── インターネットを使いこなす英語力
● 高齢化 ── 高齢者や身障者の皆さんと共に

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茅ヶ崎方式英語会の15年

「地方の時代の文化を目指して」〜茅ヶ崎方式創立15周年記念講演(1996.9.22)
portrait

茅ヶ崎方式英語会創立者・初代代表 松山 薫 (2003年9月吉日撮影)

[1]茅ヶ崎方式という名称

 本日は連休中、しかも悪天候の中、こんなに多勢の方々においでいただき感激しております。これからおよそ一時間にわたって茅ヶ崎方式という英語学習法についてお話します。皆さんが英語を学んで来られた道筋と、照らし合わせながらお聞き願えればと思います。

●茅ヶ崎市長選挙のこと

 時々「茅ヶ崎方式」って何?と聞かれますので、この名祢の由来から話を始めたいと考えました。今から十八年ほど前、茅ヶ崎の市長選挙がございました。丁度この建物の右手にあります市役所の本館が出来た頃のことです。市内の浜見平団地に住んでいる私共の仲間の重岡健司さんが、この市長選挙に立候補いたしました。重岡さんはその前年にNHKからアメリカのAP通信社へ出向しておりました時に、サンフランシスコで取材した際、市民参加で行われていたこの街のまちづくりをまのあたりにして、強烈なショックを受け、茅ヶ崎でも市民参加の街づくりをしようと決意して帰国し、周りの人々に参加するよう呼びかけている中に、自ずから市長選挙に立候補せざるをえなくなりました。

 私も当時、藤沢市に隣接する浜竹というところにおりまして、藤沢に較べても著しく立ちおくれていた茅ヶ崎の街づくりの実体を知っていましたので、重岡さんの選挙運動に参加しました。今、菅直人さんや鳩山兄弟がやろうとしていることを先どりしたわけですが、二十年早かったせいか、選挙はもう一寸のところで惜敗しました。ただ、選挙運動で市内をあちこち走りまわり、多くの市民の方々、特に市民運動としての選挙の中核を担ってくれた主婦の皆さんに接するうちに、この街でなら私達の考えている新しい英語学習法が、市民参加の中で受け入れてもらえるかもしれない、と強く感ずるようになったのです。

●NHK国際放送30周年

 ところでその頃、NHKの国際放送 Radio Japan は放送開始30周年を迎え、当局が記念事業の idea を募集しておりました。私は、自分達が悪戦苦闘しながら何とか英語ニュースを書けるようになるまでの道筋を整理して、一般の方々にも活用してもらえるような形で出版協会から本にして出し、国際化する社会のニーズに応えようと提案したのですが、職場の集会で賛同してもらえませんでした。
 その時、「それならオレ一人ででもやる」と大ミエを切ってしまい、どういう形で実現するか迷っていたところでしたので、重岡さんがやっていた茅ヶ崎自由大学という市民の文化フォーラムの中の英語部門という形でこの方式の実験を始めることにしました。
 茅ヶ崎を初め湘南地方各地の市民の皆さんと共に、地方の文化として私達の学習方法を育てたいと願って、茅ヶ崎方式と名付けました。従って茅ヶ崎方式英語会で学ぶ市民は、生徒ではなく会員であり、経費はかかったものを分担していただくものですから、授業料ではなく会費であり、市民であるスタッフが、同じ市民の学習をお手伝いするのであるから、授業ではなくて生涯学習のための学習会である、という方針を貫いてきたつもりです。
 最初に集まった市民は十一人ですが、十五年の歳月を経て、今ここに三百人近い方々が集まっておられるのを見ても、私達の願いは着実に達成されつつあると思い、喜びに耐えません。

[2]茅ヶ崎方式の土台となった体験

 先程「私達が悪戦苦闘して来た道筋を整理して」と申しましたが、茅ヶ崎方式は、NHK国際局報道部で英語ニュースを書いてきた人達の体験が土台となっております。ここでは私の個人的な体験を中心にお話しますが、大筋では皆さんほとんど同じ体験をしていると思いますから、私の話は英文記者修業の体験談として普遍性のあるものだと思います。

●入社試験で身にしみた listening 能力の不足

 私は学校を出て七年近く地方の高校で英語の教師をしました。教えたのは、いわゆる受験英語です。listeningやspeaking の訓練は受けてないから、教えることはできないし、その必要もなかったから、習う方の生徒もそういう能力とは無縁になります。それが当時普通の英語教育で、ここにおられる方々の大部分も、そういう学習をなさったことと思います。
 自分は教師には向いていないと感じて教師をやめ、東京へ戻って一年ほど小さな貿易会社につとめている中に、新聞でNHKの中途採用の記事をみつけて応募しました。29歳の時でした。その頃は戦後最悪といわれたナベ底景気の時代で、若干名という募集に七百人もの応募がありました。
 採用試験は早稲田大学の講堂で行われましたが、最後に国籍不明の男が出てきて、白紙をl枚ずつ配りました。「これから5分間英語をしゃベります。これは昨日のNHKの国際放送 Radio Japan のニュースです。」と告げるや"Here is the news from Radio Japan. ..." と滔々としゃベり始め、5分後に「それでは皆さん、項目毎に日本語で要約したものを手元の紙に書いて提出して下さい。」と言ったのです。途端に立ち上がって帰る人が出始め、残った受験者はアッという間に50人くらいになってしまいました。当時の英語学習の listening 能力の実体を示す光景でした。
 当然、私も帰ろうとしたのですが、昨日のニュースだというところにひっかかりました。私の答案用紙には固有名詞がいくつかメモしてあっただけでしたが、これを頼りに、昨日の朝日新聞の記事を思い出しながら要旨をデッチ上げました。top item にキシ・ノブスケとメモしてあったところは、多分日米安保条約の話だろうと見当をつけ、カントンとある項目は、広東大洪水の記事のあらましを書いたのですが、後で聞くと5項目のうち4つ当たっていたようで合格しました。単語から内容を類推する方法は、茅ヶ崎方式の word test にとり入れました。

●英文記者修業の悪戦苦闘とデスクの温情

 こういうことで合格はしたものの、若干名の最後尾であったらしく、英語ニュースではなく日本語ニュースに配属され、やれやれと思っていたところ、間もなく英語ニュースに空きが出来たらしく、そちらへ回されました。
 デスクも現状では使いものにならないと判断していたようで、来る日も来る日もやらされたのは、日本へ向けて海外から放送される英語ニュースの monitorばかりでした。特にインドからの All India Radio が多かったように記憶しています。インド英語特有の訛がある上、短波放送ですから fading しますので、半分も聴き取れませんでした。
 ところが、それをタイプしてデスクのところへ持っていくと、たちどころにほとんど全部うめてしまい、大体こうだからもう一度聴き直してみろというのです。聴き直してみるとその通りなので、段々、こういう英語の天才みたいな人と同じ職場では、つとまりそうもないと思い始めました。あとになってみると、英語の語彙、語順、news writing の style 、それに背景知識を持っていれば、それほど難しいことではないとわかりましたが、当時は全く脱力感にとらわれました。
 よく出来る人と自分を比軟してばかりいると、往々にしてこういうことになります。とにかく3ヶ月くらい経っても依然聴き取れませんので、これはとてもダメだと思って転属願いを書きました。しかし、これを懐にもう一度だけ try してみようと、NHKに泊り込んで、朝から夜半まで monitor に没入しました。2日目の夕方、突然判ってきたのです。それも半分か、3分の2わかるようになったというのではなく、ほとんど全て聴きとれるのです。夢ではないかと疑い、これ以上聴くと、またわからなくなるのではないかと心配になり、その日はやめました。
 次の日 monitor すると、やっぱり聴きとれるのですね。感動しました。ある日突然わかる。それが listening の学習の厄介なところです。とにかくその晩は、NHKの前に出ていた屋台のおでん屋でしたたか酔いました。ビルの谷間から見上げる月が、やけに明るかったことを覚えています。一九六〇年代の初めの頃のことです。
 あの時、最後の努力をしていなければ、今、私はここに立ってはいないことになります。デスクはじっと私の努力をみていたようです。
 次の日、monitor した All India Radio の原稿を出すと、ニャッと笑って「明日からニュースを書いてもらうからな」と言いました。この時私は、このデスクも同じ道筋をたどって来たのだということに、ハッと気付きました。しばらくして取材に行けと命ぜられました。相手は、帝国ホテルに泊まっているインドの大蔵大臣で、デスクにもらった質問要旨のメモと、デンスケと呼ばれる携帯録音機をもって出かけました。
 VIP ルームに通されると、驚いたことに、大臣はとびっきりの美女で、随員も全員女性でした。これでかなりカッと上がってしまいましたが、とにかく大臣にマイクを向け、メモを読み、どこか All India Radio に似ている大臣の美しい声を録音にかかったのですが、当時のデンスケはゼンマイ仕掛けで、運悪く、バシッと音がしてゼンマイが切れてしまいました。
 これで再びカッとあがったのですが、先輩から、ゼンマイが切れた時は指でリールを回せ、と教わっていましたので、指で回し始めたところ、大臣がケゲンそうな声で "Is this SONY?" と聞いてきて、随員の美女達がドッと笑ったものですから、眼鏡は曇り、メモも見えなくなり、後はもう何を聞いたか判らぬまま、ひたすら指でリールをまわし、ほうほうのていでNHKに帰ってきました。
 デスクが、もう一回指でリールをまわして内容をタイプして出せ、というのでやってみると、不思議なことに気付きました。太臣の声にまじって、何かしゃべっている男の声が聞こえるのです。あの部屋には男は私しかいなかったから、その声は私の声にちがいないのですが、speaking には縁のなかった人間が、結構まともに英語で受け答えしているのです。listening の能力が開発されれば speaking の方も何とかなる。これもデスクはお見通しの上、取材を命じたようでした。何となく自信がついてきて、通訳案内業試験を受けてみたところ何なく合格し、三年ほど英語ニュースにいました。
 しかし、私の能力では、英語とニュースを同時に勉強することはムリだと考えて(後でこの考えは間違っていたことに気づきましたが)、再び日本語ニュースに戻り、十五年そこにおりました。再度英語ニュースに戻ったのは47歳の時です。多分、本日お見えの皆さんの加重平均年齢くらいの年だと思います。

●国際局記者に共通の体験

 英語はすっかり忘れてしまっているだろうと思っていたのですが、やっている中に段々思い出してくるもので、予想より早く英語ニュースにとけこむことができ、退職するまで八年間在職しました。
 その間、最初に英語ニュースに入った頃の、三年間の悪戦苦闘の体験を思い出しながら、また辛抱強く私を導いてくれたデスクに改めて感謝しながら、新しく英語ニュースに入ってくる人達、学校英語で育ち、30歳前後まで地方まわりをして、突然英語ニュースに配属された人達が、どうやって一人前の英文記者になっていくのかをみていました。そして、その中に、普遍的な法則とでも言うべきものがあることに気が付いたのです。
 毎日の仕事の中から、英語を身につける上で特に役に立ったことを幾つか挙げてみます。

(1) 英語ニュースに入って来た人達が最初にとまどうのは、学校で習ったものとは語彙が異なることです。そこで私は自分の経験から、頻度の高い語を1000語ほど選んで、まずこれをマスターするようにいい、彼らの書く原稿にそれがどのように現われて来るかを観察しました。
 その結果、この語彙集を渡した人の原稿は2〜3ヶ月で格段によくなってくることをハッキリ確認できました。このことは茅ヶ崎方式の「基本4000語」に生かされています。

(2) 記者の書いた原稿はデスクが目を通し、そのあと native のrewriterがチェックし、再びデスクが目を通して放送原稿になります。私達は出勤前に新聞やテレビで、その日のニュースを確認しますが、その時、この部分は英語ではどう表現すれば最も適切かということを考えます。出勤すると、デスクとrewriter が手を入れた元の原稿を束ねたものを読みますが、新人のものは全面まっ赤、べテランのものはほとんど手が入っていません。ほとんどといっても皆無ではありません。
 この原稿を読みながら、日本人がよく間違う、またベテランでも間違い易い語彙や表現、自分の知らなかった語彙や表現を身につけていくことになります。このことは茅ヶ崎方式の4冊の教本全体の配列、それぞれの教本内の配列、対話編教本の内容などに生かされています。

(3) 週一回の、ほぼ完全徹夜の泊まり勤務を含めて、毎週15〜6本のニュースを編集し、それをアナウンサーに読んでもらうことになります。特に泊りのアナウンサーは主に native speaker です。放送には編集者が必ず立ちあうことになっており、アナ・ブースの隣の副調整室で、アナウンサーが編集された通りニュースを読んでいるかどうかを厳しくチェックします。これが絶好の listening の機会になります。自分の編集したニュースですから、内容は全てよくわかっていますので、プロのアナウンサーのnews reading を通じて英語の音や rhythm に馴れていくことが出来ます。このことは茅ヶ崎方式の音声教材の中にとり入れられています。

(4) 外国人記者との対話。
 rewriter の中には記者やプロデューサーの経験者もおりますので、なるべく隣に座ってその日のニュースについて話し合うよう、自分もつとめ、後輩の諸君にもすすめました。中には私の若い頃同様、speaking の経験がない人もいますので、そういう人にはまず質問することから始めるようすすめました。 listening の力がある程度ついていれば、specifically ? という一語を発するだけで2〜3分の対話が成り立ちます。そういう意味で対話の第一歩は質問することであり、そのことは準備編(BOOK-1)教本や、バイマンスリー(現在、月刊・マンスリー)の QUESTIONS AND ANSWERS にとり入れてあります。

(5) 英字新聞を読む。
 通勤電車に乗ったらすぐ英字新聞を開く。私も実行し、人にもすすめました。 初めは、通勤時間内に1面すら通読出来なかった人も、一年続ければ2〜3頁は確実に読めるようになります。三年続けたら NEWS WEEK に変える。更に続けて、通勤の往復で NEWS WEEK が通読できるようになったら、 TIME に変えるというように、英字紙・誌を読むことを習慣づけることは決定的に重要です。それによって英語が定着し、英語によって知識を身につけることが出来るようになります。初めは車中で英字紙を開くことに抵抗を感ずる人もいるようですがなれれば何でもなくなります。
 以上述べたような体験から導き出されたのが茅ヶ崎方式の基盤となる考え方です。勿論これはプロとしての修業の一環であって全ての方が体験できるわけではありませんが、皆さんが英語を学んでこられた道筋と照らし合わせて、どこかに共通点がある筈です。それはどんな点か、前半の講演を終わって3分間の休憩をいただきますので、ひとつでもふたつでも思いついたことを講演要旨の紙の裏に書き出していただければと思います。

[3]茅ヶ崎方式の論理と教材

 では再開します。前半の話の中で、何か思いあたることはなかったでしょう か。先にお配りしてある講演要旨をご覧下さい。

●録音テープに人生をかけた2人
  1. おとなになってからでも、外国語はキチンと習得できる。
  2. 外国語を習得するには自分の努力にたよるしかない。
  3. 話す前に、正しい外国語を聴くことが非常に大切である。
  4. 教材は現在の語学力よりちょっと上のレベルのものがよい。
  5. 頼りは録音テープの音声 (ビデオテープは映像で内容がわかるのでダメ)。
  6. 注意深く、集中して、深く聴く。
  7. 興味ある事柄を聴くこと(英会話学校の作為的な会話はダメ)。
  8. 最初はテキストを見ないこと、音声で意昧を理解しようと努力すること。

・・・・・G.C.

 私が前半でお話した内容を更約すると、大体これに似たようなことになります。
 茅ヶ崎方式で学習された方は、茅ヶ崎方式の教材が、このような考え方に基いて作られていることを、体験的にご存じだと思います。実はこの8項目は、私が書いたものではありません。G.C. はグレゴリー・クラーク博士のinitials で私がクラークさんの著作(クラーク博士の暗号解読法・同文書院刊)から抜き書きしたものです。
 クラークさんは、現在東京郊外の聖跡桜ケ丘にある多摩大学の学長をしておられます(現在は退任)。20代でオーストラリア外務省の外交官をしていた頃、中国勤務を命ぜられ、北京放送の録音テープを唯一の頼りに中国語をマスターし、その後、同じ方法でロシア語と日本語を習得したということです。クラークさんはNHKの客員解説者もしていましたので、クラークさんがTVで流暢な日本語を話すのを見た方もおられると思います。
 では、私がクラークさんの方法論を借用したのかというと、そうではありません。クラークさんがこの本を書いたのは五年ほど前のことですが、私達の英語会は一五年前からこういう考え方でやっております。思えば、一九六十年代の初め、赤道をはさんで6千キロ離れたところで、外国語で仕事をしなければならなくなった2人の人間が、切羽つまって必死にたどりついたのが、録音テープによる学習であり、この学習法を一般化しようと考えて到達したのが、全く同じ考えだったということなのです。
 しかし、誰もがクラーク博士のような才能を持っているわけではなく、国際局の記者のような恵まれた環境にいるわけでもありません。そこで私達はこの考え方に基いて、一般の英語学習者の方々が利用できる教材を作ろうと考えたのです。

●茅ヶ崎方式の教材 ー input なくして output なし

 茅ヶ崎方式の教材は、全てニュースを 素材 にしております。それは、私達がニュース記者だったからという理由によるものではなく、クラークさんの8項目で言えば第7項目、つまり「興昧ある事柄」を聴くという考え方に基いています。
 この「事柄」という語に注目して下さい。言葉は、生活の中で身に付けて行くのが、最も自然で確実な方法であることは言うまでもありません。そこには言葉と結びつく「物」と「事柄」があるからです。
 外国人力士の曙や小錦、旭鷲山や旭天鵬は驚くほど正確で、正しいニュアンスやコノテーションまで含んだ日本語を話します。朝から晩まで、一日中日本人と寝食を共にし、日本語を理解できなければ強くなれず、出世もできない生活環境にいるからです。
 英語会の代表をしている間に、何回か「外国勤務を命ぜられ、あと数ヶ月で赴任しなければならない。何とか話せるようにして欲しい」という相談を受けましたが、お断りしました。しかし、切羽つまった様子がお気の毒で「もしカネと時間があるならば」という条件付で「total immersion」という方法をとっている学校を紹介しました。これは1日何時間か、外国の環境を模した場にひたるという学習法です。何十万、あるいは百ン十万円のカネを払い、最低一ヶ月、毎日何時間か、このような環境にひたることによって、何とか外国で生きて行く語学力を身につけることが出来るということですが、誰にでも可能な方法ではありません。
 生活の中で人間は「物」と「事柄」に言葉を結びつけて、言葉を覚えていきます。その言葉を話す国に行かなければ言葉を、そこにある「物」と結びつけることはほぼ不可能です。従って、次善の策ながら、言葉を「事柄」と結びつける他に方法はありません。私どもは、ニュースを 素材 にすることによって興味ある「事柄」を教材として豊富に提供できます。それがニュースを教材の素材に用いる最大の理由です。
 また先程の体験談の中で述べましたが、日本語では既に知っている事柄を、英語ではどう表現するのか、つまり「事柄」を媒体として、日本語と英語を結びつける作業はたいへん効果的です。そのため、茅ヶ崎方式では国内ニュースを中心に、皆さんがよく知っているニュースをとり上げ、記憶に残っているうちに教材として提供するように心がけています。

 具体的な教材については、お配りした茅ヶ崎出版の総合見本誌に内容見本とともにのっています。
 総合見本誌をご覧下さい。
 教材は (1) 基本4000語 (2) 準備編(BOOK-1)から対話編までの4冊の教本 (3) weekly 教材 (4) バイマンスリー教本(現在、月刊・マンスリー)(5) その他に大別されます。
 講演の前半で申しましたように、茅ヶ崎方式は listening を基盤とする学習法です。外国語の listening では知らない言葉は聴きとれません。ですから、何とか早く一定数の語彙を身につける必要があります。
 では一定数の語彙とは具体的に何語で、どういう言葉なのか。これが茅ヶ崎方式を考える上で、最も重要で骨の折れる仕事でした。言葉を選ぶ作業には3年かかりました。
 最小限の語彙として4000語を選び、この4000語で、教本をはじめ、すべての教材を作成することを目指しました。その努力が「国際英語基本4000語」として結実しました。
 しかし、一般の学習者が4000語を、いわゆる使用語(production words) として身につけるのは仲々大変なことです。そこでこれを3冊の教本に分け、(1)準備編(BOOK-1)1000語 (2)基礎編(BOOK-2)1000語 (3)応用編(BOOK-3,4)2000語とし、それぞれの範囲の語彙を中心に listening の学習をするシステムを作りました。
 そして listening の力が完全に身についてから、(4)対話編で writing を中心に学習します。対話編では、動詞を中心に600語について、英語の運用を学ぶことになりますが、この600語は、4000語で作成した weekly 教材8年分の中から、最も頻度の高かった中核的な語を選んであります。
 準備編(BOOK-1)、基礎編(BOOK-2)、応用編の3冊の教本で、4000語が使用語化に近くなると、日本で発行されている英字新聞は、辞書なしで読むことが出来るようになります。同時に listening の学習を進めることによって reading 力も飛躍的に向上していることが自覚できますから、英字新聞、更には NEWSWEEK や TIME に挑戦する意欲が湧いてくる筈です
 そうなると、4000語は完全に使用語として定着していくうえ、これを core として更に語彙が増えていきます。
 ところで NEWSWEEK や TIME では、大体5万から6万の語彙が用いられています。茅ヶ崎方式で学ぶ基本4000語の12〜15倍の語彙です。それでもこれらの雑誌を読むことができるのは、4000語の頻度数が.圧例的に高いからです。同時に英字新聞を読んでいる中にふえた語彙と、茅ヶ崎方式で養った類推力が理解を助けてくれます。
 類推力の基本になるのは背景知識です。よく聞く話ですが、職場に外国人の来訪があった時、自分の担当分野のことなら何とか話しが通ずるが、一緒にメシを食う段になるとお手上げなので横メシは恐怖だというのです。それは背景知識があるかないかによってそうなるのです。茅ヶ崎方式ではニュースを素材にあらゆる分野での知識を蓄積していきます。
 以上、 listening と reading の教材についてお話しました。これらはいわば input です。
 クラークさんの原則(3)にもあるように、 input なしに output は不可能だし、私の体験談にもあったように、十分に input すればその一部は必ず output として出てきます。そのため茅ヶ崎方式では十分な listening とこれに関連した reading の学習を行ったあとで output の学習に移ります。
 それが (4)の対話編教本ですが、一見したところ、これは writing の教材です。しかし教本 (4) で中核的語彙の運用法を学ぶことで、いわゆる retrieval time(検索時間) はどんどん短くなっていきます。
 retrieval time というのは、脳の中にしまわれている語を引き出して来るのに要する時間のことで、同時通訳者がよく用いる専門用語ですが、これが0に近づけば同時通訳が可能なわけで、 listening と reading 、その上に立った writing の訓練が speaking に結びついていくのです。

●予習教材と実戦教材

 「基本4000語」と4冊の教本は、このような学習のために用いるのですが、これは基本的に予習及び独学のための教材です。これらの基本教材を学習したあとで、最新のニュースに挑戦することになります。
 その第一は weekly の教材で、茅ヶ崎方式の各協力校で毎週の教材として使われています。この教材は、ラジオ英語ニュースの作成に長年たずさわって来た、ベテラン記者のいる茅ヶ崎方式の独壇場で、他所では決して出来ません。 この教材がどの様な過程を経て出来あがるかは、お配りした記念文集に、weekly 教材作成の責任者である高橋義雄さんが書いておりますので、是非ご覧になって下さい。
 またこの教材を実際にどう使うかは、オリエンテーションで講師が実演しますので、これにご出席下さい。
 本日、パーティー会場でもオリエンテーションの受付けを行っております。オリエンテーショシは無料です。このweekly 教材は学校向けで、個人には利用できませんので、個人向けには茅ヶ崎出版から、隔月刊行のバイマンスリー教本(現在、毎月刊行)を発行しています。これも国内のニュースを中心に組み立てられており、この点が類書と決定的に異なるところだと思います。
 また、バイマンスリーには、項目毎にコメントがついています。これが背景知識として蓄積されます。知識には flow の知識とstock の知識があり、物事を判断する基盤となる知識を、 stock の知識と言います。
 例えば、お手元のバイマンスリー16号(96年10月5日発行) の目次の No.6 に「DVD 近く発売へ」というのがあります。DVD = digital versatile disk という言葉は、近ごろよく新聞やTVでみかけますが、内容がよくわからない方もいると思います。この項目のコメントでは DVD とはどんなもので、どんな特性があり、今後どうなりそうかということを簡潔にまとめてあります。コメン卜を読んでおけば、次にこの言葉に出会った時には、自分の判断を加えて、新聞やTVの内容を見ることが出来るでしよう。
 そのようなコメントを数多く読むことによって、今日本で、世界でおきている様々な事柄について、皆さんが判断する場合の一定の材料が蓄積されていきます。本日は茅ヶ崎出版の好意で、バイマンスリー NO.1〜NO.10 まで10冊セットにしたものを、抽選で50人の方に差し上げることになっています。これらのコメントを通読されると、我々の予測が95%は現実になっていることも、おわかりいただける筈です。
 また、バイマンスリーは英語を書いたり話したりする場合の参考資料として、さらに現代史のクロニクルとして役立つものと確信しております。
 以上で茅ヶ崎方式の教材についての説明を終わりますが、これらをマスターすることによって、どのような英語にも挑戦できる solid base が出来ていきます。
 weekly 教材以外は、茅ヶ崎出版から発行されています。本日はパーティー会場に、茅ヶ崎出版のコーナーも設けられていますのでご利用下さい。

[4]社会のニーズに応える

 最初に申しましたように、私達は社会のニーズに応えようと、この英語会を始めました。現在の日本の社会は、国際化、情報化、そして高齢化、が key word だと私は考えています。こういう社会の動きに、どう応えていくかが英語会の課題だと思います。

●国際化 ── 国際化時代に生きる本格的英語力

 国際化──日本は企業社会ですから、国際化の波はまず企業を襲いました。経済の borderless 化に伴って、海外で働く日本人とその家族は、70万に上ると言われます。
 この人達にとって、世界の共通語である英語は、must になりつつあります。富士通が、社長以下全社員に TOEIC 受験を義務化したのに続いて、つい最近、トヨタ自動車が、若手社員英語必修を決めたと新聞が報じていました。
 植民地侵略によって世界語化した英語が、こうも幅をきかせることに、私自身は抵抗を感じますが、businessmen はそんなことは言ってられないようです。
 先程紹介した茅ヶ崎方式の教本には、全て listening 用のカセット・CDが付いています。この中で一番高価な物は、3万円もする全20巻の4000語全文テープ・CDです。
 出版の担当者から、全文テープを作りたいと言って来た時、私は、そんなものは売れるわけがないからやめとけ、と言ったのですが、実はこれがよく売れているのです。こんな高いものを買ってシコシコ勉強している人達のことを思うと、40年前、自分が切羽つまった頃のことを思い出して、もっと安くしろと言うのですが、出版社には出版社の事情があるらしく、今日もこの後、このことで社長から事情を聞くつもりです。
 勉強している人達の効率が上がることを祈るのみですが、体験談でも申し上げたように、 listening の学習は進歩が自覚しにくく、独りでやっていると挫折感がつきまといますので、出来れば仲間と一緒に努力することが望ましいのです。そのため全国に協力校を作ることにしました。
 現在40校(96年9月現在)ということですが、将来は、人口5万人以上の都市(500)には必ず協力校があって、茅ヶ崎方式で勉強できるようになればと考えています。
 英検1級程度の英語力のある人がいれば、その入を中心に完備した weekly 教材で、どこででも学習会が開ける system になっています。皆さんの英語関係のお知り合いで、地方でやってみたいと思う方がおられましたら、本日、担当者が来ておりますのでご相談下さい。

●情報化 ── インターネットを使いこなす英語力

 情報化──日本に本格的な情報化時代がやって来るのは、2010年頃だということですが、既にその兆しは、多くのところに現われています。先ほどの、バイマンスリー16号目次のNO.7 でとり上げた、TVの多チャンネル化などもそのひとつです。現在でもインターネットを中心に、2〜3年前には考えられなかった、情報の世界化が進んでいます。
 インターネットに象徴されるように、今後、通信の世界は interactive 双方向性が主流になるものと予想されます。そしてその双方向性を支えるものはやはり英語、それも書くことを基本にした、かなり本格的な英語であることは間違いありません。
 茅ヶ崎方式で学んだ本格的な英語が、世界中の人々との対話に役立つ日が近づいているのです。そしてその時、ハードの中心になるのはまぎれもなくパソコンです。その意昧で、私は英語会が英語とパソコンの二本立てで進んでいくことが望ましいと考えました。2、3年前から、パソコン教室を開くよう呼びかけて来ましたが、やっと10月から、パソコン教室が開設されることになり、喜んでいます。
 本日は、インストラクターも来て実演を行うことになっていますので、興味のある方はどうぞご覧になっていって下さい。

●高齢化 ── 高齢者や身障者の皆さんと共に

 高齢化──今や日本の人口の約15%、一九00万人は、65歳以上の高齢者であり、高齢化は今後も恐ろしい程のスピードで進んでいきます。
 パソコンは、高齢者の世界を拡げ、生き甲斐を生む重要な手段になりうるものです。また、このことは身障者の方々にもあてはまります。現在茅ヶ崎方式英語会では、茅ヶ崎市とタイアップして、高齢者のワープロ教室を開き、大変好評を得ております。近い将来、高齢者や身障者の皆さんが英語会に行けば、安い費用で親切にパソコンが教えてもらえる、というように是非なって欲しいと願っています。
 私自身67歳の高齢者であり、引退後は直ちにワープロをパソコンに切り換え、生き甲斐を拡げていきたいと楽しみにしています。
 さて、そろそろ話を終える時間になりました。最後に英語会を支えて下さった皆さん、これから支えて下さる皆さんにお願いしておきたいことがあります。茅ヶ崎方式英語会は、市民のニーズに応えるために生まれました。今後もそうあってもらいたいと思います。組織というものは、大きくなればなるほど、組織の維持が自己目的となってしまい、設立の意図や大義が忘れられるようになりがちです。英語会は、英語会のために存在するのではなく、市民のために存在するのだということを忘れないで欲しいと思います。
 私は本日を以て引退しますが、英語会が市民のニーズに応えるための体制は出来たと思っています。この土台の上に、立派な花を咲かせていただくよう祈って私の話を終わります。

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